『不機嫌の理由』|狂愛劇場

 今僕は非常に不機嫌だ。目の前に僕のモノになるはずだった彼女が居たというのに、それは壊されていて、何年もの僕の行動が無駄になったからだ。
 それが、数日前の話。紅い月が僕たちを照らしたその日、自ら壊すのも嫌で、僕は彼女を彼女の執事に殺させた。それでも忘れられないほど、彼女の瞳は絶望という人間らしい感情で満ちていて、僕のモノに相応しく美しかった。
「……クロード、そろそろ私の話ちゃんと聞いて?」
「……聞いてるけど」
 いや、正直聞いていなかった。どうしても瞳の事を考えてしまい、僕は幼馴染のカルラの話を、右から左へ受け流していた。
「嘘、聞いてない。またクレア・パレットのこと考えてるでしょ」
「……ごめん」
「えっ」
 意外だとも言いたいのか、むしろこっちが謝る方よ、なんて感じの落ち着いた声色で謝ってきた幼馴染は、やはり特に怒っている様子もなく、なんだか場の空気が澱んでいる。
 僕の家で、とっくの昔に飲み干したカルラの紅茶が入ったティーカップと、とっくの昔に冷めた僕の紅茶を見比べ、はぁ、とため息をついて、僕は紅茶を飲み干した。
 大人びたドレスを纏った幼馴染が、素朴な僕の家の家具に囲まれ、そこに住んでいる僕も特に大人びた感じでもなく、アンバランスな空間にバランスのいい二人が居ることが、なんとなく居心地が良かった。世間から変わっていると言われているようなものの僕たちには、これくらいが丁度いいのかもしれない。
「それにしても、突然目標が変わったわね、クロード」
「そう……だね。僕が本当に追うべきは、やっぱり赤ずきんだってこと」
「因縁みたいなものがあるのかしら?」
「嬉しいような、嬉しくないような……」
 赤ずきんの瞳は美しい。シャルロット・シルヴェールの妹であるだけあって、深い碧で満たされている。その碧に溺れたいほどに。
 けれど赤ずきんは今までの彼女たちとは違い、僕を追っている。逃げようとはせず、僕の息の根を止めようと、探し出していた。出会う機会が出来たことを喜ぶべきか、抵抗する彼女に出会ってしまったことを悔やむべきかは、今はわからなかった。
「せっかく追ってきてるんだから、今度こそ手に入れないとじゃない?」
 カルラは、好都合でしょ? と付け足し、なんだか楽しそうに話した。
「うーん……」
「何か悩んでることでもあるの?」
 本音を言ってしまえば、
「ある」
 という回答になる。
「なにそれ?」
 純粋な疑問なのだろう。カルラは手に入れやすい瞳は僕にとって好都合だ、と言っているのだから。
 僕の不安は、きっと次に出会った時には、どちらかが死ぬまで殺し合うだろう、ということだ。お互い殺人を重ね、逃げることを知らない。そんな二人が出会った時は、どちらかの最期になることは間違いない。
「カルラ……僕がもし赤ずきんに殺されたら?」
「……え?」
 一瞬の静けさ。家の空気の流れが止まったかのようで、時計の針の音だけが耳の近くで聞こえるかのようだ。
「……死なないでしょ、クロードなら」
 落ち着いた声色だった。安定感があり、僕の死など考えられないという、僕に対する信頼。ただ、少し震えていたのを僕は聞き逃さなかった。僕が死んでも、それを信じることが出来ない、と言いそうだ。
「……死なないといいね。僕も死にたくないし。それに僕が死んだら、彼女たちが可哀想だ。僕だけが愛してあげないとだからね」
「ふふ、そうね」
 微笑みを浮かべたカルラの声には、先ほどの震えは無かった。僕自身も、いつもの調子に戻った気がした。
「あーあ、いつか赤ずきんの瞳を僕だけのモノにしたいなぁ。そうしたら、お姉さんと一緒に愛してあげるんだ」
「……頑張ってね」
 幼馴染の心からの応援の言葉に、椅子から立った僕は安心し、ありがと、と短く返した。