『あの時から変わらない』|花朝ヱスケヰプ

「ケシー」
「はぁい?」
 今にも「暇だよー」と言い出しそうな気だるさのこもった声色に、年下に対するように返事をした。
「あのさー、ケシの好物ってなんだっけ?」
「……え?」
 突然自分の好物の話を振られ、何の企みがあるのかと疑ってしまった。書類を整理していた手を止め思わずトイの方を見やると、トイは椅子の背に手を組んで置き、いつもの笑みを浮かべこちらを見ていて、似た色の目線が重なった。
「そんなに驚く? すごい表情してるよ、ケシ」
「……そんなに?」
「そんなに」
「だって……突然だったし、……トイのことだから、なにか悪いことしようとしてるんじゃないかしら、って思っちゃったのよ」
「ひどーい」
「日頃の行いよ?」
 不貞腐れながら「ケシにそう思われたら僕おしまいじゃない?」と反対側を向き、手を組んでいた椅子に正しく座った。
「で、どうしてそんなことを?」
「えー、言わないとダメー?」
「ダメ……とかじゃなくて、単純に気になるのよ。ダメではないわ、ダメではね」
「言わなきゃいけない流れだ。上手いなぁ」
 そう言って椅子から立ち上がったと思うと、書類を持った私の手に自分の手を添え、かがんで目線をこちらに向けた。目を合わせると、柔らかい笑顔で
「だってそろそろ、十年だからさ」
 と、小さな声で言った。
「……あ、」
 何のことだったかしら、と考えるのも束の間、すぐに何のことなのかを思い出した私は、その笑顔の純粋さに緊張感を忘れたような感覚になった。
「だから言いたくなかったんだよー。恥ずかしいでしょ?」
 そう言うトイは、少し困ったような笑顔を向けた。
「……嬉しい」
「……ふふ、絶対忘れないよ?」
「……ええ。あの時は、トイのこと不思議な子だと思ってたわ」
 思い出しても、彼は今も昔も変わらない。幼いながらに大人びていた彼は、今ではその年齢相応に成長している。
「今は?」
「うーん……今も、ね」
「なにそれ。でも不思議っていうのは、なんだかわからないけど嬉しいかもしれないなぁ」
「わからないけど嬉しいの?」
 のらりくらりと生きているように見えて、芯の通ったことしかしない彼が、わからないけど、などと言うのは珍しかった。
「僕は不思議でいいんだよ。誰にもわからない人でいられる」
「……わた――」
「ケシだけはわかってくれるでしょ?」
 私にはわかりやすい人に見える、と言いたかった。きっと、私以外の人には、気まぐれで、子どもっぽくて、我儘な少年が彼だ。
「――ええ、わかるわ。貴方はあの時から大人だった」
「ふふ、嬉しい」
「十年、早いわね。あっという間……」
「あ、それでケシの好物はー?」
 声色がいつものトイに戻った。
「えー? うーん……そうね、えっと……」
 考えたふりをした。
「秘密」
「……ひどいなぁ」
「嬉しいことは、楽しみにとっておきたいの。知ってしまったら、つまらないでしょう?」
「そっかー」
 出会って、相方になって、十年はとても早く、私も何か――
「楽しみにしてるね?」
「……人の心、読まないでくれる?」
「正解?」
「……もう、かなわないわ」
「やった」
 お互いに誰にも見せない笑顔は、きっといつもより安心出来るからだろう。あの時から、変わっていない。
「「楽しみにしてて?」」