『面影』|狂愛劇場

 ただの仕事。そういつも言い聞かせている。何も悪くない、私は悪くはない。

 やけに風が強く、私の長い髪は木陰のように視界を邪魔する。ちょうど日が真上から私のたちを照らしているくらいの時間に、目に入る刺激とも言える光を右手で拒んだ。
「天気が良いのか悪いのか、わからないわね」
「良いんだと思いますけど……」
「リーゼロッテ、綺麗な髪なのにぐちゃぐちゃよ」
「……やっぱりですか? 結ぼうかな……」
 それもいいんじゃない? とレイチェルさんは楽しそうに返した。絡まりそうな髪を手でほぐし、街の出店の人に声をかけられつつ、目的地に向かっていた。
「あっ」
 何かが歩くのを邪魔し、バランスを崩した私は、咄嗟にレイチェルさんの肩を掴んでしまったようで、
「わっ!? 何――あ、大丈夫?」
「はい、何か足元に……」
 そう足元を確認すると、私が躓いたであろうその真っ赤な二つの果実を、二つ結びの少女が拾った。
「あ、ごめんなさい……蹴っちゃった……」
「すみません! わたしが落としちゃったのがわるいんです……」
 他にもいくつかの林檎を入れた手提げを見て、申し訳なさそうにした少女は、戸惑った様子でその場に立ったままだった。
「……二つ足りなくなっちゃったのかしら?」
 少女の目線に合わせてかがんだレイチェルさんは、そのまま頷く少女を確認するやいなや、そのまますぐ近くの果物屋に行き、同じものを買って戻ってきた。
「はい、これでいい?」
「えっ!? と、えっと……あの……」
「ちゃんとみんなで食べなさいね。リーゼロッテ行きましょう」
「えっ!? あ、えっと……ご、ごめんね……!」
 急展開に焦る私は、咄嗟に少女に謝ってレイチェルさんに着いて行った。声が聞こえないから、きっと少女も戸惑っているのだろう。
「あの……レイチェルさん、すみません……」
「いいのよ。リーゼロッテも悪気があったわけじゃないでしょう?」
「そうですけど……あの、お金……」
「あれは私がしたかったから出したもの。だからいいのよ」
「でも――」
 言いかけると、少し前を歩いていたはずのレイチェルさんは横に居た。私の方が突然速くなったわけではなく、彼女が急に止まって振り向いた。
「いいの! 気にしない! リーゼロッテは優しいのよ本当に」
 一気に私の中に流れ込む〝優しい〟という言葉は、先日の仕事の記憶を呼び起こす。
「……そういえばさっきの女の子、似てたんです」
「……? 誰に?」
「二つ無くなっちゃった、って」
「……そう」
 罪悪感が無いわけではない。二つ、奪ったことに変わりは無い。
「無くなる運命、そう思っておきなさい。多分、同じではないけれど代わりはあるの。……えっと、代わりってそういう意味じゃなくてね、……難しいわね」
「……その代わりで、隙間、埋められるといいんだけどなあ……」
「しばらくはね、誰だって無理よ。少しずつ、少しずつね」
 奪うだけの私が少女の目にどう映っていたのかはわからない。ただ、きっと悪魔のようだったと、それだけはわかる。
「貴方もよ、無くしたものは大きいでしょ」
 私の背景を真っ白にするその言葉で思い出すのは、レイチェルさんに出会う前の、どこにも気持ちを向けられなかったときの私だ。
「……大きいです。けど、レイチェルさんがきっと、代わりです」
「私はちゃんと代わりになれてる?」
「……はい、とても。支えていただいています」
「良かったわ」
 暖かく優しく頭を撫でてくれた。
「……あら、時間結構経っちゃったわ。行きましょう、今日は私のお気に入りのお店よ。パスタが美味しいの」
「いつもお気に入り、って言ってませんか?」
「お気に入りがたくさんあるって良いことよ〜? いつもお気に入りの昼食なんだから、幸せでしょ?」
「ふふ、そうですね」
 いつの間にか風は落ち着いていたようで、照らすのは明るすぎないくらいの光だった。